あの子の毎日に、「足りない日」は一日もなかった。 ボクね、あのお家のこと 全部覚えてるよ。 生まれる前のこと。 お空のうんと高いところにね、 お家がいっぱい並んでたの。 神様が聞いたんだ。 「どのお家に行きたい?」 ボク、ひとつのお家を 指さしたんだ。 理由はね、うまく言えない。 ただ、しっぽが動いちゃったの。 降りてきた日、 ママの腕の中に入った。 すっごく小さかったから、 ママの手のひらに トクトクトクトクって 心臓の音が伝わったはず。 あったかかった。 「あ、ここだ」って思った。 朝。 ママが起きる気配がすると、 ボクの足が勝手に動くの。 カチカチカチカチって フローリングを叩いて、 全力で走っていく。 昨日も会ったのにね。 でもボクには「昨日も」がないんだ。 毎回、はじめましてみたいに嬉しい。 ママがキッチンに立ってると、 足元にくっつくの。 ふくらはぎにボクの体が ぴたってなる。 ママ、あったかいでしょ。 それボクだよ。 夜、ママの膝に乗る。 ずっしりって重かったでしょ? ママ、しびれてたでしょ? でも動かなかったよね。 あそこがね、 世界で一番あったかい場所だったの。 耳の裏、撫でてくれたでしょ。 あのふわふわのところ。 ママの指がすーって通るやつ。 目ヤニ取ってくれたときの ママの顔、ボク覚えてる。 ちょっと真剣な顔して、ちょっと笑ってた。 でもね。 ボクがいなくなったあと、 ママ、泣いてたでしょ。 「もっと一緒にいたかった」 「時間が足りなかった」って。 朝、カチカチって音がしない。 膝が、軽い。 ママが「短すぎた」って言うの、 ボク、お空から聞こえたよ。 ねえ、神様。 ボクの毎日のこと、 聞いてくれる? 朝、ママが起きたら走っていった。 昼、ママの足にくっついた。 夜、ママの膝で寝た。 それがボクの一日。 一日も手を抜いてないよ。 一回も「今日はいいや」って思ったことないよ。 ボクね、 全部使い切ったの。 一日も余ってない。 一秒も残ってない。 ボクが持ってた時間、 ぜーんぶ、あのお家で使ったんだ。 ママが泣いてたとき、 ボク、鼻をぐいって押しつけたでしょ。 あれね、 ママを悲しませたくてやったんじゃないよ。 ママの顔が濡れてると、 体が動いちゃうの。 ぺろぺろしたくなっちゃうの。 あの時間もね、ボクは嬉しかったんだよ。 だってママのそばにいたから。 だからね、 「短すぎた」なんて言わないで。 ボクにとっては 足りなかった日なんて一日もないの。 全部の日が、ママとの日だったから。 ボクの大成功だったんだ。 あのお家は。 ねえ神様。 ボク、もしまた降りられるなら、 次もあのお家がいい。 あの子との毎日で、 一番「ふつう」だった日って、 どんな日ですか? きっとその日が、 あの子にとって 一番の「大成功」だったはずです。 ずっと一緒にいたいから。ワン寿。
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