日羅公之碑 日羅(にちら)公は肥後國葦北國造の子で、敏達天皇の御代、久しく百済国に住んで政治の要路にあり、非凡の知勇を内外に知られていた。天皇は公の献策を用いて国勢の伸張を計ろうとせられ、公を召して、帰国せしめられた公は、御諮訽に応えて、民生外交に関し種々方策を献じたが、これを百済に不利として、彼地より隨伴して来た者のために暗殺せられるところとなった。詔によつて、一旦、難波小郡西畔丘前に収葬せられたが、この地はその初葬の地であると言われることに顕彰の事に当られた。日羅公薫續顕彰記念会がさらに戦災による荒廃を修復せられたことは、時節柄、まことに当を得たことと思い、ここに公の事蹟を記してその記念とする。昭和三十年六月二十五日、大阪市長 中井光次書 大阪府大阪市北区天満橋2丁目2-33 JR環状線桜ノ宮駅徒歩6分 #日羅公之碑 #桜ノ宮 #大阪
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