「明日からお弁当作らなくていいから」同棲中の彼氏が、お風呂上がりに言った_ 「なんで?」 私はドライヤーを止めた_ 「連休あとで早起きキツいだろうし、俺も菓子パンひとつでいける気がして」 「別に私は食べるの遅いからパンにしてるだけで、作るの嫌って言ってないよね?」 「そんなさ、怒らないでよ」 彼氏はソファに座った_ 「言い方がむかつくんだって、作らなくていいってさ」 私は、髪を耳にかけた_ 「気をつける」 彼氏はテレビを消した_ 「あとさ、いつまで前の家借りたままなわけ?」 私は、ずっと気になっていたことを口にした_ 「今週中には解約する」 「なんでさ、半年も放置できるの? お金がもったいないって思わない?」 「荷物がまだ残ってるし、なんかめんどくさい」 「その放置する癖、直したほうがいいよ」 私は、リビングを出た_ 洗面台の前で、歯ブラシを手に取った_ 歯を磨きながら、鏡を見つめた_ スマホを開くと、お弁当の写真に『68いいね』付いていた_ 急に、消したくなった_ 最近は、みんなに見せたくて早起きしてる気がした_ うがいをして、リビングに戻った_ 電気が消えていて、間接照明だけが付いていた_ 彼氏はソファに寝転がっていて、スマホを見ていた_ 寝返りを打って、背中を向けた_ 「ああ、そう」私はひとりで寝室に向かった_ ベッドに腰を下ろして、スマホを開いた_ 横になって、アラームを1時間遅くした_ もうこのままお弁当を作らなくていいのは、ちょっとだけ気が楽だった_ 私はそのまま目を閉じた_ 寒くて目が覚めて、スマホを開くと深夜の2時半だった_ 私はリビングを覗いた_ 彼氏はいびきをかいていて、床にスマホが落ちていた_ ソファに近づくと、彼氏が寝返りを打った_ パスワードが変わってる気がして、私はスマホに手を伸ばした_ 「なにしてんの?」 彼氏と目が合った_ スマホを消すと、彼氏の顔が見えなくなった_ 「スマホ見てた?」 心臓の音がうるさくて、私はスマホを握り締めた_ 「返して?」向けられた彼氏の手が、怖かった_ 「怖い……」 私は、下を向いた_ 「俺だって怖いよ、勝手にスマホ見てたとか」 顔を上げると、彼氏が立ち上がった_ スマホを拾って、部屋の電気を付けた_ 「もう終わりだね」 彼氏は背中を向けたまま、リビングを出た_ 彼氏のスマホは、私の誕生日と記念日で開いた_ 「待ってよ」 私は彼氏を追いかけた_ 玄関で靴を履く彼氏を見て、私は足を止めた_ 「そんな簡単に終わるの?」 「わかんない、とりあえず今日は前の家で寝る」 「最初から、戻るつもりだったんでしょ」 私が壁に手をつくと、彼氏はゆっくりと振り返った_ 「もうやめよ、話がズレてる」 玄関の扉が開いた_ 「いちおう俺の荷物、適当にまとめといて」 扉が閉まった_ 私は床にしゃがみ込んだ_ そのまま動けなくなって、玄関で朝を迎えた_ リビングに向かうと、テーブルの上にはお弁当箱があった_ 手に取ると重たくて、中にはオムライスが入っていた_ 「ねえ……」 彼氏のスマホを開いたとき、すぐにオムライスの写真が目に入った_ アルバムが黄色で埋め尽くされていて、どの写真にもケチャップで文字が書かれていた_ 『40てん』 『45てん』 『70てん』 『80てん』 写真には、前の家のキッチンが映っていた_ 最近の彼氏は、帰りが遅かった_ オムライスが好きな私に、お弁当を持たせるために練習をしていた_ テーブルの上には、新品のお弁当箱が用意されていた_ 『明日からお弁当作らなくていいから』 蓋を開けると、 ケチャップの匂いがした_ 『100てん?』 文字がぼやけて、私はまぶたを擦った_ スマホのアラームが鳴って、 私は顔を上げた_ 明るくなり始めたリビングで、 彼氏の荷物をまとめた_ 『合鍵はポストでいいよ』 置き手紙を書いた_ 菓子パンをカバンに詰めて、 髪を結んだ_ 「いってきます」 テーブルの上のオムライスは、 綺麗な形のまま、 崩すことはできなかった_
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